邸内に安置されている安田善次郎像
2011年(平成23年)5月22日の日曜日、神奈川県大磯町の旧安田邸の別荘見学と大磯町内の旧跡をめぐる邸園文化交流園 大磯 春が行われました。

当日は大変珍しく、初めて 持仏堂の内部が公開されました。

事前申し込みをされた見学者の方が約450名お出でになり、大磯ガイドボランティア協会方々の説明で、
旧安田邸の別荘と、地福寺・鴫立庵・旧島崎藤村邸などを見学されました。


当日の様子をご覧ください


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受付け風景

小グループで見学開始
安田善次郎像の前でガイド・ボランティアが説明

持仏堂の前でガイド・ボランティアが説明
写真提供:
木原秀雄氏
持仏堂前の見学者
写真提供:木原秀雄氏
初めて一般公開された持仏堂の内部
写真提供:木原秀雄氏
文化財指定の十三重の塔を見学 十三重の塔前で
ガイド・ボランティアが説明
経蔵の前でガイド・ボランティアが説明 経蔵の前に咲くきれいなバラ
写真提供:木原秀雄氏



旧安田邸別荘の概要


由来(家暦)

安田善次郎がこの北之端にある浅野総一郎氏邸を譲り受けたのは、明治末期から大正初期頃のことであります。

安田善次郎は、浅野総一郎氏が経営する浅野財閥の諸事業へ融資しており、こうしたことから浅野氏が大磯の地を安田氏へ紹介したものと思われ、この地を譲り渡し、自らは同じ大磯の高麗
(こま)へ別荘を移しています。

しかし、譲り受けた別荘は大正4年9月に焼失してしまったことから、安田氏は大正6年に新たに別荘を建てており、これが現在の建物です。

安田氏は大正10年9月28日にこの別荘で亡くなりましたが、この大磯の地をこよなく愛し、よくこの別荘を利用していたようです。

安田氏が亡くなられてから、この別荘には一時、夫人が住まわれていましたが、昭和5年に夫人が亡くなられますと、この別荘を安田善次郎記念館として永く保存することとなり、経蔵
(きようぞう)持仏堂(じぶつどう)が新しく建立されました。

そして、昭和6年に裏の王城山中腹にありました善次郎氏の墓地も下に移され、現在地に夫人と共に葬られています。


屋敷地

屋敷地は高麗山
(こまやま)南沿いの麓近くにあり、以前は北之端と呼ばれていたところにあります。

明治27年1月の大磯町役場の建物台帳によりますと、その屋敷の面積は2反3畝25歩(715坪)となっています。

現在屋敷内には、母屋、経蔵、持仏堂のほかに、昭和6年に画家の安田靭彦
(やすだゆきひこ)氏設計による法隆寺聖霊院厨子を模した唐破風平唐門があります。

また、昭和9年に国の重要美術品に認定されました石造りの十三重塔があります。


建 物

現存します別荘は純和風住宅の平屋建で、大正6年に建てられたものです。

その外観は、屋根を寄棟造桟瓦葺きに、外壁を下見板張り(一部漆喰仕上げ)としています。

内部の厨房と風呂場の内装を変えていますが、外観や間取りはほぼ以前のままで大きな改築は見られず、庭園も含めて建築当初の姿をよく残しています。

           出典 大磯町役場作成の資料による



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