束  草

束草(ソクチョ)は、朝鮮半島東側の東海(日本海)に面した韓国最北の、人口約9万人の都市である。雪岳山(ソラクサン)の山登りを終えてから、束草の町を観光しました。
(平成21年9月)



高城(コソン)統一展望台
 束草(ソクチョ)で乗ったタクシーは市街地を抜けると高城(コソン)へ向けて快走した。道路の要所々々に緑色の横断歩道橋のような構造物やコンクリートのブロックが設置されている。有事にはこれらを爆破して崩壊させ、道路を封鎖して敵の進攻を止めるためのものである。海岸線には工作員など不法な侵入者を防ぐための有刺鉄線を這わせたフェンスが設けてある。
 国境に一番近い町大津(テジン)を過ぎると、道路わきには顔にも迷彩を施した兵士が銃を構えて立っていて、その後方には土嚢の上に機関銃まで据えられている。さすがにこの模様を写真に撮ることは出来なかった。
 統一安保公園で名前を記入する等の手続きをしてから再びタクシーに乗って10分ほどで統一展望台に到着。ここは軍事境界線から直線で3キロぐらいだろうか。駐車場から小高い丘の上にある展望台の建物に入ると、1階には北朝鮮の資料が展示してあり、2階はみやげ物屋になっている。ベランダに出ると望遠鏡がずらりと並んでいて北朝鮮側を見渡すことができる。
 望遠鏡を覗くと、軍事境界線をはさんだ韓国・北朝鮮両国の非武装地帯がよく見える。海に伸びているのが景勝 海金剛、その尾根はずっと西に連なり金剛山に続いている。
 展望台前の広場には韓国空軍のP-51ムスタングとM26戦車など朝鮮戦争時の兵器が展示されている。そして、その後方の丘の斜面には植え込みで作られた「統一」の文字が見える。また、駐車場の脇には機関車と客車3両を使用したレストラン「統一列車」も見える。
道路封鎖ブロック 道路封鎖ブロック 外敵侵入防止フェンス 統一展望台 植込みに統一の文字
北朝鮮国境を遠望 北朝鮮国境を遠望 国境に繋がる道路・鉄道 P-51ムスタング M26戦車

韓国を歩き続けている人
 統一展望台駐車場に待たせておいたタクシーに再び乗って大津(テジン)へ行き、ここでタクシーを乗り捨てて街を散策。魚市場の前で、リュックを背負いウォーキングシューズにストックといういでたちの人に出会った。
 彼は南相範さんという70歳ぐらいの韓国人で元は医者だったとのこと。医者を辞めてから、10年間に渡って韓国全土2万5千キロを徒歩で回っているそうだ。見れば、顔や手足は真っ黒に日焼けしている。

束草の港
 大津(テジン)からは路線バスに乗った。往路ではタクシーはバイパスを疾走したが、バスは時おりバイパスを外れて巨津・杵城などの小さな町でお客を乗せたり降ろしたりして、1時間ほどで束草(ソクチョ)の市街地に着いた。
 バスを降りて港に行ってみると、イカ釣り船が何隻も停泊していて、岸壁にはイカがたくさん干してある。そして、テント張りの露店の魚屋兼食堂が続いていて、ビニールの水槽にイカや魚を泳がせている。束草の海で捕れたばかりの新鮮なイカを薄く切った刺身はシコシコとした歯応えで美味しかった。
 韓国といえば焼肉だということで、夜は焼肉料理を食べに行くことにする。一旦ホテルに戻ってシャワーを浴びてから、タクシーで市街地に出掛けた。周りに税務署や保健所がある一角に焼肉店が軒を連ねている。その中の一軒の店に入り焼酎を飲みながら上等の肉をたらふく食べて満腹になってしまった。
イカを干している 岸壁の露店 イカ刺しを作っている イカの刺身 焼肉料理

ケッペとアバイ村
 束草(ソクチョ)の市街地から内海の対岸のアバイ村へ行くには、橋がないので内海を大きく迂回しなければならない。でも、「ケッペ」と呼ばれる渡し舟に乗るとわずか数分でアバイ村へ行かれる。
 ケッペは幅4m×長さ7mくらいの艀のような渡し舟でエンジンや櫓は付いていない。対岸との間100mに繋がれたワイヤーロープに金具を引っ掛けて進む仕掛けになっている。船頭さんらしき人は乗っているが、乗客が棒状の先端が鉤になった金具をワイヤーロープに引っ掛けて、船の端から端まで歩いて行くと、ちょうど乗客が歩いた分だけ船が前に進んで行く仕組みになっている。 因みに料金は200ウォン(約20円)だった。
 アバイ村は北朝鮮出身の人々が暮らす集落で、「アバイ」とは「年老いた」という意味の方言である。これは北朝鮮から避難してきた人々にお年寄りが多かったことから付けられた名前だそうである。アバイ村には昔ながらの家々が建ち並んでいる。このアバイ村とケッペが韓国ドラマ「秋の童話」の舞台になり、今ではちょっとした観光名所になっている。

ケッペ ケッペ 金具をワイヤーに掛ける アバイ村

在韓日本女性
 束草(ソクチョ)のホテル近くの食堂の店先でメニューを覗いていたら、「日本から来たのですか?」流暢な日本語で尋ねられた。彼女はこの店の人で、日本名は森永秋子(仮名)さんと言い、韓国人の夫・子供といっしょにこの町に住んでいる。20歳代で北海道富良野から韓国へ来て16年になるが、時どき日本に帰るのに便利なので国籍は日本国籍のままにしてあるという。
 この食堂は屋号「ナムチョカラ」で割り箸という意味。韓国ではどこのお店でも金属製の箸を出されて違和感を感じていたが、この店では木箸が出されたので食べやすかった。この食堂の隣が系列の小さなスーパーマーケットのような店で屋号を「コーソ・ピョニジョム」と言い「早い」という意味。ここでは食料品を売ると共にキムパプ(韓国風のり巻き)を作って売っている。
 「ナムチョカラ」へは3日間毎朝、朝食を食べに行ったが、出されたものはどれも美味しかった。最終日にはサービスだと言って「コーソ・ピョニジョム」で巻いたばかりのキムパプやコーヒーをご馳走になった。キムパプは日本ののり巻きと違って、酢飯ではなくゴマ油と塩で味付けしてあり具がたくさん入っていて大変美味しかった
 束草を発つ日の朝、雪岳山(ソラクサン)の山登り後で不要になった登山用ストックと日本のレトルトカレーを森永さんにプレゼントした。束草は思い出深い地になった。
ナムチョカラ コーソ・ピョニジョム キムパプを巻いている 朝食の麺とキムパプ

宮廷音楽の演奏
 5日間の旅の最終日、束草高速バスセンター7時半発のソウル行きバスに乗った。
 ソウルで大きなデパートに入ってみやげ物を物色していると、店員が話しかけてきたがチンプンカンプン。そこで、得意のフレーズ「イルボネソ ワッスンミダ」(日本から着ました)。すると、すぐに日本語の解る店員を連れてきてくれた。お陰で買い物がスムーズに進み韓国のりや韓国のお酒を買う。そして、スニーカーが大分くたびれていたので新しいスニーカーを買い、履いていたものを廃棄してきた。でも、ここで買ったスニーカーは中国製だった。
 再び高速バスに乗ってインチョン空港へ。この日は秋分の日を挟んだ5連休の最終日で、空港は大きな旅行カバンを持った日本人がそこかしこに見られる。そんな中、空港のロビーできれいな音色の音楽が聞こえてきた。韓国胡弓と琴・笛の演奏で韓国の宮廷音楽らしい。演奏者もさることながら、心洗われるような澄んだ音色にしばし聴き見惚れていた。
胡弓


 今回の旅の行程
 9月19日  成田空港〜インチョン空港〜ソウル〜束草(泊) 
 9月20日  束草〜雪岳山登山〜雪岳山小屋(泊)
 9月21日  雪岳山小屋〜雪岳山下山〜束草(泊)
 9月22日  束草〜高城統一展望台〜束草市街観光〜束草(泊)
 9月23日  束草〜ソウル〜インチョン空港〜成田空港


雪岳山登山へ

 海外の山と旅INDEXへ